聖徳太子を祀る神社 ~鵲森宮~

IMG_8848.jpg

鵲森宮(かささぎもりのみや・通称 森之宮神社)

大阪市中央区森之宮中央1-14-4



■御祭神    用明天皇


        穴穂部間人皇后


        聖徳太子



大阪城公園の南に隣接する鵲森宮は、「森之宮神社」と呼ばれ

この辺りの地名やJR、地下鉄の駅名にもなっています。

現在は狭い境内ですが、社伝によれば創建は崇峻天皇二年(589年)という古社。

用明天皇を祀る日本唯一の神社だそうです。

用明天皇・穴穂部間人皇后は聖徳太子の両親です。

都会の小さな神社ですが、

厩戸皇子(聖徳太子)から古代史に惹かれた私にとっては

けっこう気になる神社です。






IMG_8861.jpg




日本書紀によれば物部守屋との戦いに勝利した聖徳太子は、

摂津国に四天王寺を造ったことが記されています。

一方森之宮神社の社伝によれば、その四天王寺は現在の場所ではなく

神社に隣接する森に造られたという(元四天王寺)。

そして25年後に荒陵山に遷したのだそうです(四天王寺の山号は荒陵山・あらはかさん)。

森之宮神社は、その元四天王寺の鎮守社として造られたと伝えています。


ところで、この「鵲森宮」という神社名。

日本書紀・推古天皇6年夏4月の記事。


難波の吉士磐金(きしいわかね)は新羅から帰って、鵲(かささぎ)2羽を奉った。

それを難波杜に放し飼いにした。



その記事にある「難波杜」が「鵲森」と呼ばれ、この神社名になったとのこと(社伝)。






IMG_8855.jpg




都会の古社ではよく見られますが、

森之宮神社の狛犬の台座には弾痕が残っています。

これらは第二次世界大戦での焼夷弾の跡。

それでもこの神社の社殿は、奇跡的に焼け残ったのだそうです。




o0380028510160853686.jpg



ところで、境内入り口にある御祭神の表記。

「奥宮  天照大御神  素盞嗚尊  月讀命」

しかしこの狭い境内には、奥宮は見当たりません。

拝殿の右、社務所の前に小さな鳥居があるので

最初はその奥にあるのかと思っていました。

しかし境内にそれらしいお社は見当たりません。


初参拝から1~2年後、


「もしかして・・・?」


と思えるお社を発見しました。

工場の敷地内やビルの屋上に、事業繁栄を願って稲荷社を建てている会社があります。

しかし環状線の車窓から一瞬だけ見えた千木は

格式も高く、立派なものに思えたのです。




o0380028510160796331.jpg



数年前、気になっていた「奥宮」に

社務所で許可をいただいて参拝させていただきました。

すばらしいお社です。

神社のHPにも掲載されていませんので、

あえて場所は明記しませんので御了承ください。

いつでも参拝可能かどうかはわかりませんが、

奥宮については社務所でお尋ねください。

入口はオートロックになっているビルなので

入れない場合もあるかも知れません。



img.jpg




奥宮のある場所から見下ろした本宮境内。

この画像に見えている範囲が、ほぼ境内全体です。

高所恐怖症なので、腕だけ伸して撮影しました。

TOP画像のように、社殿はあまり大きく感じませんでしたが

こうして見るとけっこう大きな社殿であることがわかります。






o0380028510160796428.jpg



都会のビル。

コンクリート、喧噪と排気ガス。

うなる空調や給湯の鉄塊。

それでもここは、不思議なことに神社でした。

緑も水もない場所ですが、神聖さを感じました。


この奥宮についてはあまり知られていません。

サイトでも見たことがありませんので、これらの写真はけっこう貴重なのかも。

撮影したのは2009年の4月だったと思います。

神社サイトでは超有名な「神奈備」さまの掲示板に投稿し

その後、神奈備さまの「鵲森宮」紹介ページに掲載されました。

神社ブロガーとしては駆け出しだったため、

神奈備さまに対して「龍水」という名前は畏れ多くて名乗れず

以前から使っていた「ple」というHNで投稿しています。






o0380028510160796432.jpg











.




この記事へのコメント